mazda_okinawa私の自己紹介をさせて頂きます。私は基本的に自宅オフィスにて仕事をしていますがこのライフスタイルになってから既に十年以上が経ちます。私は元々、アパレルショップの経営に十年以上携わってきました。個人で年間一億を販売し、販売額、営業利益トップの店舗もいくつもプロデュースしました。それは時代が良かったせいでもありますが偶然、アパレル系企業に就職したわけでは無く、時代を読んで就職をしたのでした。それを辞めて今のインターネットの仕事を目指したのは2000年頃になります。既に十五年以上に渡り、WEBプロデューサーをやっていることになります。

私は子供の頃から絵を描くことが大好きでした。クラスに一人、二人はいる「マンガの上手な子供」と言えばイメージできるでしょうか?そんな私の夢は少年時代には漫画家もしくは画家。中学、高校時代にはアニメーターにも憧れました。実際にアニメの制作現場迄、出かけて見学させてもらうくらい真剣に考えていました。私の家は私が物心ついてから、母子家庭であり、当時、喫茶店を営んでいた母親と数年前に他界した祖母に早く楽をさせたかったのです。しかし、当時のアニメーターは仕事として十分な報酬が得られないことを知り、諦めました。

高校三年生の時、進路として選んだのはグラフィックデザイナーへの道でした。絵を描くことは好きでしたが当時、無印良品の広告、企画で活躍していた田中一光氏の広告デザインに強く感銘を受けました。同時期にとある書籍から「コンピューターが誰にでも使える時代」になることも知りました。アニメーションやグラフィックデザインも将来コンピューターが処理する時代になることも想像ができました。高校時代の二年間は親に内緒でデッサンの塾にも通っていましたが美術系の四年制大学に進学することは私の家庭の経済事情では無理だったのです。模試の合否判定では美術系の私学は問題は無かったのですが。結局、学費の安い地元の短期大学のグラフィックデザイン科に進学しました。

そして、その後、前述したアパレル系企業に就職をしました。なぜかと言えばまだコンピューターでデザインする仕事がゲーム開発以外、世の中になかったのです。洋服を売る仕事、その後店舗を企画し、経営する仕事に携わりました。ビジネス自体は好きだったこともあり、その当時に学んだことは大きかったと思います。バブルが弾けても余波の続いた90年代後半、家に帰ったら、発売されたばかりのWindows95で私はデザインの勉強をしていました。私には高価なパソコンでしたからローンで支払っていました。そして、1999年私はアパレル系企業を退職し、地元の小さなネット系の企業でアルバイトをはじめました。

tokyo_image社長一人、社員とアルバイトが二名という小さな会社でした。主にホームページの制作をしていました。そこで知り合った東京の人に誘われ、一年限定という約束で東京でベンチャー企業の立ち上げに参加しました。まだネット上の広告というものがどうあるべきかがわからない時代に立ち上げた斬新なビジネスでしたがその事業コンセプト自体も私が企画した、Eマーケティングを主軸としたビジネスでした。

その当時の東京ではビットバレーと呼ばれる渋谷ベンチャー企業がいくつも誕生しました。サイバーエージェントの藤田晋氏、堀江貴文氏もそのグループのメンバーでした。アメリカのシリコンバレーではGoogleが誕生したばかりで、時代はまさにインターネット時代の幕開けを約束していました。

そんな華やかな時代背景とは裏腹に東京では、社長の知人の恵比寿の事務所にデスクを置き、間借りしての起業です。寝泊まりしていたのはエアコンも無く、埃っぽく、薄汚れたその古いビルの五階にあった狭い四畳半。季節は真夏。寝苦しい夜が数ヶ月続きました。風呂はありませんでしたが近所のカプセルホテルが日中三時間、500円で利用できたのが幸いでした。その後、綺麗な代官山のオフィス兼住居に引っ越すことが出来ましたがその当時は誰もがインターネットに希望を持ち、ビジネスをたちあげていた時代です。私も辛いと感じることは殆どありませんでした。その会社はネット・マーケティングに特化したベンチャー企業だったのですが、今では信じられないと思いますが、ベンチャーキャピタルに私達がやろうとしていたことが理解されなかったのです。その会社の契約期間1年を過ぎ、地元に戻った私はWEB制作をSOHOビジネスとしてスタートしました。私のキャリアは東京でたった一年でしたがそれは地元で高く評価され、地域のプロパイダー、大学、企業からの受注を中心にスムーズに軌道に載せることができたのでした。

hawaii_photoそして、手探りで始めたWEBデザイナーとしての活動の傍ら、次はハワイ州、ホノルルでのベンチャービジネスの立ち上げのサポートに携わりました。当時、私は地元の企業相手のWEB制作を一年の半分以上をホノルルで行なっていたのです。インターネットの通信回線が日本より良く、快適にWEB制作ができたことが幸いでした。

2007年頃からは、自らのブログ、ECサイトの運営を主軸にWEB制作受注、コンサルティング業務を営んでいます。数年に一度ですがプライベートでハワイに今でも遊びに行きます。今でもハワイを第二の故郷だと思えるほど愛しています。

ここまで読んだあなたは私のことを「インターネットビジネスのエキスパート」「元々向いている人」だとか思ってしまったかも知れませんが決してそうではありません。元々パソコンやプログラミングが得意でも無い、読書好きのマンガ少年だったのです。

世の中がバブルの余韻に踊る90年台後半には明け方迄、寝不足と疲労と戦いながらパソコンと格闘し、仕事に出かける数年間はとても苦しい毎日でした。情報が乏しく、全て自分で考え、学ばなければならなかった時代でした。しかし、それは今の時代では変えなければなりません。それが私の決意です。オンラインビジネスに役立つ情報を供給するMAZDAHARUTO.COMと技術・知識・思考の継承を行うMAZDAHARUTO.BIZを運営しています。

松田春人